2011年5月23日月曜日

今日の名著 生物分子モーター―ゆらぎと生体機能

 「コンピュータは、もの凄い計算をできるけれども、人間のように考えることはできない。」という内容の話は、よく耳にする。それでは、人間の脳とコンピュータの違いは何であろうか。その一つとして、人間の脳のあいまい性がある。同じ人間に同じような出来事が起きても、ある時は笑って済ませていたのが、ある時は怒りだすということもある。また、人は、突然、特に考えてもいなかったアイディアを思いつくこともある。

 そんな、あいまいさは、実は生物が一般的に持っている特徴であり、揺らぎを利用した生物システムを考えると、うまく理解することができる。生物の持つ「揺らぎ」の研究は、日本で発達した研究といってよい。 今でこそ、ホットな研究テーマであるが、この本の著者である柳田敏雄教授は、かなり早い段階から1分子計測をすることで、ゆらぎと生体機能の関係を明らかにしていった。物理的な手法で生物の現象を明らかにすることを目標とした「生物物理学」のお手本のような研究であり、大学時代に半導体という全く違う分野を勉強していた柳田先生だからこそできた、学融合的な研究だと思う。


 マクロの世界では、平衡状態でも、ミクロの世界はブラウン運動のように揺らぎが存在する。揺らぎを雑音としてとらえ、雑音に消されないような大きな信号を流す、「電子機器」と、揺らぎを積極的に利用し、あいまいさを許容した「生物システム」というのが、コンピュータと人間の根本的な違いと考えることができる。「揺らぎ」を利用したシステムを研究することで、生物に対する理解がより深まる可能性はまだまだある。また、ムーアの法則(コンピュータの性能が18カ月で倍になるという法則)が限界を迎えようとしているこれからの時代、「揺らぎ」と「あいまい性」を許容した新しいシステム(コンピュータ)のようなものが生まれるかもしれない。


p.s. 佐々木研究室でも、たんぱく質の1分子計測をおこなっています。ナノの世界のダイナミクスを研究することで、新たな概念、現象の発見を目指しています。


岩波講座 物理の世界 物理と情報〈7〉生物分子モーター―ゆらぎと生体機能